ヤハウェ/エホヴァ/アドナイ/ヤーウエ - Y・H・V・H -

ユダヤ教・キリスト教

旧約聖書、出エジプト記において、「わたしは『わたしはある』というものである」 という文が有る。
ヘブル語ではこの名を "YHWH" と書く。
ユダヤ人は、この "YHWH" という名をそのまま発音することを神への冒涜と考え、このヘブル語は様々な形で発音されるようになった。

聖書の翻訳者は、様々な旧約聖書の人物名例えばモーセ、ダビデを、自国の発音で 表わすことを強いられた。
ある訳者は "YHWH" をそのままヤーウエと読ませた。
またある訳者は、"YHWH" を母音読みでエホバと読ませた。
新しい英語聖書は、全般的に "YHWH" を "Lord" と訳すことが多い。
一方古い英語聖書はエホバを使っていたが、現在では「エホバの証人」がエホバという言葉を使うので、一般のキリスト教では使われなくなっている。
日本では、 "YHWH" が "Lord" と訳されたように、それを「主」と訳した。

キリスト教の言う神・唯一神。言葉には聖と力が在るとし、この名前には特別の力があったと思われる。名前の由来は四大元素の頭文字それであると考えられる。聖なる神、慈悲深い神と言われるが、実態は、かなり非道な所業を行っていたと思われる。敵対する宗教・民族・神をたちどころに、虐殺滅亡させ、かつては、人身御供を要求し、世界を沈めたりと。もちろん聖書には、記してはいないが。また、反逆者にも酷だった。バールは二つに引き裂き、片方は蝿と融合され「ベルゼブブ(蝿の王」と言う醜い容姿名前となる。もう片方は、蛙と融合させられ、泣き声に似せ、「バアル」と名付け蝿を追い回すよう、魔界に落す。その妻美しきイシュタルは、淫らさの見せしめに男と結合「アスタロト」となる、愛と慈悲の女神は狂喜の悪神となる。

旧約聖書創世紀二章三章だけに、「ヤハウェ神」とあり、四章以下「ヤハウェ」とだけある、理由は分からない。元来「ヤハウェ」とだけあったのに、祭司資料の創造期と一緒にされて「神」が加えられたか。歴史的に見ればおそらく、モーゼ以後知られるにいたったイスラエル人の名前と言われている。いずれにしろ、詳細は不明の存在である。

ヤハウェ - Yahweh/YHWH -

ユダヤ教・キリスト教・イスラム教において崇拝される神。この世とこの世にある万物の創造神とされる。

ユダヤ教では、イスラエルの民を嘉する神とされ、 専ら「アドナイ(主)」や「エロヒム(神)」等の代用語で呼ばれる。

キリスト教では、「子」なるイエス=キリストに対する「父」のペルソナに配当され、 一般に「エホヴァ」と呼ばれる。

イスラム教では、人類最後の預言者ムハンマドを導いたとされ、 一般に「アッラー」と呼ばれる。

この神の本名として伝えられているのは、発音の方法が分からない4つの子音の組み合わせ「YHWH」。これがテトラグラマトン(神聖四文字)。ゲマトリアにおいてその値は「26」と解釈され、 また「セフィロス(生命の木)」の各支に配当される。 また、特に天使には神の名が身に備わっていると言われる。 神の名には超越的な力があると考えられ、 様々な神秘に彩られている。

神の本名の発音についての知識は夙に失われている。抑も、神の名を呼ぶことは十戒の1つにも挙げられる禁忌であり、 神自身も名を問われて「我が名は“在りて在る者”」と答える ほど神秘の色合いが濃い。

しかしその発音は必ずしも完全に禁止されていた訳ではない。むしろ広く人名に組み込まれ、親しまれていた。 バビロン捕囚以前では異教徒にさえ知られていたようである。

ところが第2神殿 の時代には祭司の間で慎重に相伝されるようになる。 神名の禁忌は時代と共に強まっていった。そしてその結末として忘れ去られたのである。残されたものがテトラグラマトンであった。そして、神の名は元より呼び得ないものとされた。

失われた名は、かつては神秘主義者によって模索され、 今は言語学者によって復元されている。その結論が「ヤハウェ」と云う音。

ヤハウェの性格はカナアン地方の古い神「イル」のものを多く受け継いでいる。しかし、イスラエルの部族神としての事跡は悉くヤハウェ固有のもの。

ヤハウェは6日間で天地万物を創造した。その最高傑作は、自らの似姿として象られた人間アダムであった。しかしアダムは神の呪いを受けてエデンの園を追放される。エバに誘われて善悪の知識の木の実を食べ、ヤハウェの知性を侵したからである。

アダムの子孫が増殖して意に添わぬ振る舞いが目に付くようになると、ヤハウェは大洪水を引き起こして全生命の根絶を図る。しかし、ノアの箱船を許し、以後は絶滅計画を立てないと心に誓った。

それでもヤハウェの破壊的な性質は毫も変わらない。アブラハム、イサク、ヤコブに顕現してその子孫の繁栄を約束する 一方で、纏ろわぬ民は老若男女を問わず皆殺しにした。 そして、自らに従う者にも手酷い仕打ちを度々見舞った。 無論、自らに背いて他の神に向かう者があれば、激しい嫉妬に燃えて厳しく罰する。彼は自ら認める「嫉む神」なのである。 但し、ヤハウェに従い抜いた者には、やがて訪れる終末の時に楽園の門が開かれるであろう。

以上のようなヤハウェの事跡は、全般に矛盾と失策に満ちており、およそ全能の神には似つかわしくないものである。このように考えた者はグノーシス主義と概括される新思想に依拠して、ヤハウェに再解釈を施した。ヤハウェは「ヤルダバオート」等と名を改められ、愚昧で粗暴な出来損ないの神とされた。

ヤルダバオト - Ialdabaoth, Jaldabaoth, Ildabaoth, Iadalbaoth -

ヤルダバオトの誕生
父神への憧れからソフィアが処女懐胎的に造り出した存在である。女性原理のみからの創造ということに注目されたい。
その本態を認識無能な父を、自らの憧憬のみで再現しようとした結果が不完全な造物主ヤルダバオトである。しばしばデミウルゴスとも呼ばれるが、これはギリシア語で職人といういみでありただ「つくりだしたこと」を意味している。旧約聖書冒頭のアダムの誕生がこの「つくりだす」と対比させられる。――「神は霊、心魂、肉体においてアダムを創造した」(アダム三重の創造)

ヤルダバオトの外観と本性
かれは本来の神からは全くかけ離れており、その属性や性質に何ら同義性を視ることは出来ない。「人間(神)」が非物質で構成され知的能力によっても認識不可能であるのに対し、ヤルダバオトは火と霊を本性とし(この時点でギリシア的コスモス観の逆転がみられる)、その姿は獅子と毒蛇である。(ズルヴァンの姿)
しかしながら、ヤルダバオトは物質世界の秩序とは異なる摂理の存在でもある。

ソフィアとの両義性
いささか奇妙な副題と感じ取れるだろうが、グノーシスの世界観では怪物は二面性があり毒蛇と処女の肉体を持つという。グノーシスに於いてもエロスとプシケの挿話がみられ、エロス(=ここでは神)を一目見たプシケ(=ここではソフィア)は自らの力で己の半身としてのエロスを造り出す(=処女懐胎)。半分のエロスは不完全ではあるが非常に魅力的でソフィア自身どころが神々さえも魅了してしまう。このエロスは気紛れで悪戯な性格であるという。

ヤルダバオトと七
物質世界を取り巻く天球の数とも呼応するように、ヤルダバオトは七と言う数字と関連が深い。(例えばヘプマドスという呼称もそうである)天球を支配するアルコーンたちは一般的にはユダヤの神の諸々の別称で呼ばれるが、そのモデルはバビロニアの天の神アヌが造り出した七柱の荒ぶる神で個々の名はなく動物的であり、まとめてシビットゥ(七の意)と呼ばれる。
また怪物との共通点を先項で指摘したが、この点で迷宮との共通点がみられる。迷宮とは天井が無く(だかろこそダイダロスは空から脱出したのだ)必ず中心があり、通路は一本道でその行程は七たび中心に近付きまた離れるということを繰り返す。そして迷宮の中心には怪物が棲む……と、いうわけである。

原人との闘い
さてヤルダバオトが創造された頃、彼に対抗する力として神の側が独自につくりだしたのが原人(原人アダム)あるいはキリストである。ただ、キリスト教的なイメージにとらわれた後者よりもより判りやすい前者をここでは採用したい。
傲り高ぶったヤルダバオトは神の棲むプレーローマー(充足)を侵略し、神になりかわらんとして神に闘いを挑む。神の勢力はヤルダバオトと彼の七人のアルコーンたちと闘い続けたが、その戦果は思わしくなく、決定打として造り出されたのが神の似姿である原人である。
原人とヤルダバオトは激しく闘うが結局原人は敗北し、五体を切り裂かれそれを物質世界に撒く。(これが人間の内部に神の霊性が宿る根拠でもある) ソフィアの堕落  プレーローマーを蹂躙したヤルダバオトは神々を駆逐し(しかしその霊性は皮肉にもかれの手による人類に散逸してしまっているのだ)、自らを造り出したソフィアを人間の肉体に押し込め(アカモート或いは下なるソフィア)彼女を姦淫の業に就かせた。この下のソフィアは黙示録の緋色の女とも同一視される。

炎の天使と死の誕生
ソフィアの娘ゾエーが造り出した「炎の天使」がヤルダバオトを縛り、監視している。(存在に先立つ女性原理が、ここで暗に示唆されている)
ヤルダバオトの造り出したアルコーンの一柱であるサバオトはこの天使の存在に気がつき、更にソフィアとゾエーに気がつく。彼は改悛してコスモスを忌み嫌ったので、ソフィアはサバオトを七つの天球の上の玉座に据える。
これを見たヤルダバオトは嫉妬し、そのとき「死」が生まれた。「死」は瞬く間に増えコスモスに満ちあふれた。

グノーシス主義。神から生じた霊的ソフィアは、神をまねて自身の似姿を創造しようとしたが、出来上がったのは、蛇と獅子の姿をした不完全な存在ヤルダバオトであった。ヤルダバオトもまた創造主を気取り、アダムを創ったが、その美しさに嫉妬し、その体からイヴを創ることによって、その体躯を矮小化しようとした。アダムとイヴに天国の知識を授け、悪の存在であるヤルダバオトに反抗するよう仕向けた蛇は、高次の存在である宇宙的女性原理によって遣わされたものである。このように、グノーシス主義にあっては、旧約聖書における善玉と悪玉が逆転している。

ユダ - Judas -

イスカリオテのユダ。キリストの12使徒のなかの1人。12使徒の中にもう1人ユダ(Jude)がいるが別人である。

キリストと使徒団の会計係であったが、キリストを銀貨30枚で売りキリストが処刑されるのを悔やんで首をつって死んだとされている。裏切り者の代名詞。もっとも罪深い人物とされ、地獄のもっとも深いところで罰を受けているとされている。

しかし、グノーシスの思想では、ユダこそが真の救世主であったとする説もある。

ユダヤ教聖典 - Kanon -

キリスト教の神話伝説(Christian Legends)

ユダヤ教聖典(カノン)は元来24書(現行39書)に分けられている。大別すると、律法(トーラー)、予言者(ネビイム)、諸書(ケスビイム)とする。

ユフィール

化学者の魔神。薬草の知識にきわめて詳しく、地獄ではベルゼブブおよびその宮廷の実力者たちの健康に責任を持つ。呼び出した術者に、医学と薬草に関して教える。
ヨナ - Jonah -

旧約聖書「ヨナ記」
伝道者。ある時、ヨナ達を乗せた船が嵐で転覆しそうになった。誰がこの嵐の原因かをくじ引きで探ったところ、ヨナが原因と出る。彼を船から海へと投げ入れると、たちどころに嵐はおさまった。
海へ落とされた後、彼は神によって遣わされた巨大な魚によって飲み込まれ、三日間その魚の腹の中で静かに外に出る時を待って、三日後魚の腹から陸へ吐き出された。
後、キリストが三日間土の中にいてその後復活し、天に昇ったのをヨナの話に喩える記述もあるが、魚に飲み込まれないまま三日も海の中にいたら溺れ死んでしまうんじゃないかと思うのだけど・・・

ヨナ記は、ユダヤの排他的主義に対する抗議であったと考えられている。ヨナはニネベに対する神の審判を語る為に遣わされたのだが、彼はその使命を避けてヨッパからタルシシへ向かう船に乗り込んでしまう。
そして嵐にあって、大魚に飲み込まれてしまうわけだが、そこでヨナは悔い改め、打ち上げられたニネベで、神の教えを街中の人に語り、神の怒りは止んだ。しかし、その処置に不満を持ったヨナに向かい、神はその小屋の上にトウゴマを1日で生やし1日で枯らして、それを惜しむヨナに向かって、神は異邦人であっても悔い改めた者が滅びるのを惜しむのだ、と語ったという。