注・当時の殴り書きを忠実に作っています、分らない・クレーム等は掲示板へどうぞ。




現地時間 6月2日 午後20時 フランス・パリ シャルル ド ゴール空港 着 


パリに着いたのは夜の8時、だが周りは全然暗くない。
日本でなら丁度夕方位の明るさだった。
シャルル・ド・ゴール、フランス一の国際空港もこの時間では所詮ヨーロッパのローカル便乗り継ぎの”駅”にすぎない。
港内の人影は疎ら、それこそ何処ぞの田舎の待合室並みにガラガラで、寧ろ警備でうろついている軍人の方が目立つ。
人生で初めての一人旅だというのに、心は大して浮かれていない。
”こんなものか”位にしか感じず、自分はバックパックを取ると他には目もくれずロワッシ−・バス(空港からパリ市内を繋ぐ連絡バス)の停留所へ向かう。
ガイドブックの通りの場所にあった、自動ドアの前にどっかりとバックを降ろし、30分ほどまだ明るい空をぼけっと眺める。
近くを通りかかった警備兵が自分を睨むが、「何か用か?、俺は長旅で疲れているんだ」と言わんばかりの態度で返すと肩をすくめて通常の任務に戻っていった。
特に時間は感じずにバスは来た、空港近辺ではよく見かける連結式の大型のヤツだ。
ポケットから直にしわくちゃの100フランを出し、お釣を貰い荷物置き場にバックを投げ込み、ガラガラの席に腰を落とす。
10分足らずで出発、自分と一組の白人夫婦を乗せたバスはパリ市内へ進む。
空港近隣は倉庫の類のオフィスしか無く、日本の成田付近と似たような風景が並んでいた。
道は大型片道3車線だったが有料ではないらしい、芝のような緑の中を抜けている。
nのんびりと楽しみたいところだが、頭の中は今夜どう過ごすかを考えていた。
多少のサバイバルは出来てもここはまだ理屈の解らない地、そして何より自分自身が’外国人’である。
いきなりの迂闊な行為は大げさながら最悪死に繋がる、とりあえずは市内に着いてから様子を見よう・・・。
とっとと訳の解らん結論にたどり着いてしまい、再び表を眺め直した。
気付けば徐々にコンクリートの中高層の建物が目につき始める、どんな素人でもここが都市なのは解るだろう。
ふと時計を見ると21時を周っていた、さすがに辺りは暗くなっている。
パリは日本と違い道が斜めに多く走っている、方向感覚には自身があった自分だがさすがに何処を走っているのは解らなかった。
やがてバスは左手に大きな建物ーオペラ・ガルニエのある道路で停車した、ロワッシーの終点である。
ガイドブックで位置を確認する、簡単に言えば市の中心といったところか。
とりあえずはコンパスを引っ張り出し位置と方向を確認する、こういう時は感を信じてしまいがちだがそれはほぼ100パーセント 失敗するからだ。
当初の目的はガイドにあったセーヌ川の中州、シテ島の安ホテルを目指す。
真っ直ぐ進みたいが道が斜めっている上、暗い、更には始めての土地なのですぐ方向が狂う。
常にガイド、標識、コンパスと睨めっこしてなければならなかった、30分程歩くと開けた通りに出れた。
左には中位の観覧車がある、いわゆるコンコルド広場だ。
さらに左には庭園らしきものが見えたが、門はすでにしまっていた。
そこを左に曲がり、豪勢なホテル(4ツ星だった)を尻目に角に立っていた憲兵隊に正確な位置を聞き、川沿いを登って中洲を目指す。
島の建物周りは既に静まっていた、建物の並びの入り口を見つけ入って行くと・・・そこには無情にも「満員」の札が。
リーズナブルな所と聞いていたので自分みたいな貧乏人しか来ないだろうと思っていたのが甘かった、ホテルは諦め再び重い荷物を肩に東側郊外の森を目指す。
適当に歩いていたのでよく解らなかったが、しばらくすると空いているホテルの扉が見えてきた。
どうせここまできたのだからと中へ、アラブ系のフロントと本で会話をしとりあえず一泊する事に。
3階の部屋は6畳ほど、ベット、タンス、洗面台以外何もない、まあ150フラン(約2500円)だからいいか。
窓を開けると写真などと同じ風景・・・シックでエレガント?なパルトメントが並んでいる。
タバコを吹かしながら夜景を眺める、国は違くても同じ星の上・・・初めての異国情緒を感じながら床に入る。

旅の始まりだ。



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