1 〜3
確かジャンと初めて会ったのもこの時だった。
就寝前、実に22時近くに来たらしく、大まかなチェックを受けて彼は自分と同じ部屋に入れられた。
翌日、自分には2日目の朝。
起床後、左上のベッドの彼と何気なく挨拶を交わした。
「おはよう、調子はどうだい?」
「ああ、好調だね。」
「国籍は?」
「ポーランド、お前は?」
「日本だよ。」
「ああ、日本人か。」
ベッドから起き上がり、おもむろに手を差し出してきた。
「ジャンだ。」
「オレはナシヒト、よろしく。」
ちょっとワルっぽいが、好印象な青年だった。
此処に来てから、彼ほど印象のいい人間にはまだ会ってない。
Hotel de la Paixで始まった英会話はかなり役立っており、この頃には簡単な会話はおろか、ニュアンスもいくらか掴めるようになっていた。
3日前に国を出、昨日パリに到着し、そのまま此処へ来たという。
「タバコは吸うのかい?」
「ああ・・・でも切らしてて。」
「一緒に吸おうぜ、行こう。」
・・・ホンットにいきなりいい奴とあったなあ。
控え室では彼は他のスラブ人と話していた、が、自分に対する気遣いは会えなくなるまで変わらなかった。
銘柄は忘れたが、赤いパックのタバコを差し出してきた、「遠慮するな、まだあるから。」こんな感じである。
有難く頂き、吸う、悪くない。
美味い方だ、「いいね。」「日本のタバコはどうだい?」「悪くはないよ、あれば渡してた。」「そん時は頼むよ。」
多国籍といえど東欧圏の白人とアジア、それも日本人が友好を称え合っているのは変わって見えるらしく、他の連中から「おい、ロシアンマフィ
アと”ヤクザ”が手を組んだぞ。」などどちゃかされていた。
特にべったりとしていた訳でもないが、その後も彼は自分にタバコを進め続けた。
ここノジャンの要塞はそれほど大きい訳でもなく、午前に営庭の掃除やら裏の土手の整理(草刈や邪魔な岩を除けたり・・・)が終わると、食堂
以外はやる事が無くなる。
そんなんで午後は皆控え室でTVを見たり、各々の国の話などをしていた。
自分はというと別に特定のグループにもつかず、隣り合った奴と小話をしたり辞書と睨めっこをしている程度だった。
ダニエルはスイスの出身で、自国の軍隊にも2年ほどいたと言う。
だが見た目普通なのでどうやら徴兵で行っただけらしく、普段は家でゲームをやってたとの事。
黒人のゴングはカメルーンの出身、10代で旅に出てここに来る前はスペインで2年間働いていたそうだ。
彼はフランス語の他に英語・スペイン語が出来、自分も通訳代わりに世話になっていた。
その場にいた自分以外のアジア人はウォンという中国人、名前は忘れたがネパール人がいた。
ウォンは二十歳の青年で、漢字圏だけに自分とは筆記で会話を行って交流を深めていた。
周りを見ると、木の壁のいたるところに(先の通りだが)文字が掘り込まれている、退屈しのぎに書かれたいわゆる”らくがき”である。
英、仏、伊、独、中、韓・・・上げていけば切りが無い文字の種類、数。
この”らくがき”すら外人部隊の歴史なんだなあと実感する。
しかしここではホントに娯楽なんて呼べるものはなく、せいぜい食事か異国種のやり取りが笑いの種だった。
食事はいわゆる”フレンチ”である。
ホテル並とは行かないが、一応KPの志願者が頃合を見て前菜・メインと運んで来る。
肉は牛・豚・鶏は勿論、羊なんて当たり前である。
米の代わりにパンだったが、自分は毎回違うソースに舌鼓をうち、調理していたCCHには毎回「美味しい!」と言っていた。
初っ端から顔を会わせていたのもあり、一見典型的な顔立ちのスラブのCCHは機嫌を良くし、「そうか、いっぱい食えよ!」と声を掛けてくれていた。
不思議と白人は’羊肉は臭いから’的な理由で食べない奴もおり、大体平らげるのは自分みたいな偏食家のエイジアンか黒人だった。
普段は控え室ではTF1(テレビ・フランセ:国営放送にあたる)をつけている。
ある日、ニュースばっかりのTVにジャンがチャンネルをガチャガチャ変え始めた。
最初は皆何も言わなかったが、黒人のゴングが口を開いた、「止めなよ。」
ジャンは大げさに立膝を突き、「Oh,Jesus!(お約束の”おお、神よ!”である)。」
「何言ってんだ、楽しい番組見ようぜ。」
「今はフランス語に馴染んだ方がいい。」
「け、黒人は”Bad Bory”だな。」
「何でだい?」、ゴングは喧嘩の素振りも無く、素直に疑問として問い掛ける。
「何も何も、”Black Boy is Bad Bory”だろ。」
「だからどうしてだ?」
「はは、もういい、”ジョーク”だよ。」
無論自分はジャンが”ジョーク”を言っていたのは解っている、だが
「”ジョーク”って?」
・・・またもやマジッ?って感じだ。
「いや、”ジョーク”だよ”ジョーク”。」
「・・・解らないよ。」
・・・”ジョーク”が解らないのではなく、「ジョーク」という単語が解らないらしい。
ここでふと思い出した、「”黒人はジョークが解らない”」・・・。
・・・ひょっとしてこういう事か?、つまり冗談が解らないのではなく、”冗談”すらない・・・?
まあ賑やかだったのは事実だ。
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