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フォントネ・ス・ボワ、パリ市外壁部から10分程と決して遠くはない位置。
東京で例えるなら世田谷のような、住宅中心の町である。
パリでお世話になったホテル、Hotel de la Paixのフロント、ゾッコのアパルトメントもここにあると言う。
一見ごく普通の住宅街であるこの町のもう一つの顔・・・

”Legion Etrangere”

ここフランスで、2世紀に渡る伝統〜フランス陸軍外人連隊兵の代表的な募集事務所、フォル・ド・ノジャン要塞跡の地でもある。
TVなどで簡単に見た事はあるが、その事務所がこの辺では全く色を感じさせない場所にあるのはやや拍子抜けしてしまった。

市内で余計な物を置いてきた自分は、それでも外国から来たのを表すには十分なサイズのバックと共に町中を歩いてゆく。
駅から離れた所で2人の白人に声をかけられた、「ここ解るかい?」他の部分を隠すように折られた紙にはあのノジャンの住所が 記されていた。
「ああ、そこね。」自分は下見をしていたので解っている、歩みを進めるが彼らはあたりかまわず道端の人々に道を聞きまくっていた。
一人はイゴールと名乗り、もう一人は後にマキシモフと名づけられた、2人ともウクライナ出身。
イゴールは英語が出来たので歩きながら話していた、海軍にいたと言う。
駅から2、3回ほどくねった坂を登り、広い道路に出ると鉄筋コンクリのアパルトメントにならんで「 Legion Etrangere 」と書かれた でっかい看板が見えてくる、もう500m足らずだ。
門の手前でポケットのパスポートを確認し、丁度開いたのを見計らって警衛に話を切り込む、’またか’って感じの顔をされた。
「志願です。」
「・・・お前ら友達か?」
「いえ、そこで会いました。」
「・・・パスポートを。」
言われるままにパスポートを渡す、彼は口笛を吹きながら指で「ついて来い」と示す。
門すぐ左の待合室みたいな場所に通され、簡単な荷物検査をうけた。
ウクライナの2人は典型的な志願者と同じくバック一つのみ、あっという間に終わった。
が、自分はそうはいかない、ここに来るまでに3週間近くパリやらノルマンディーを周ってきている、少々量のある荷物に彼は顔を顰 めていた。
「今まで何してた?」
「簡単な旅を。」
彼の手がコンパスにあたった。
「なんだこりゃ、コマンドゥのつもりか?」
「軍隊に居ました。」
説明が面倒だったので自衛隊の時の写真を見せた、途端に彼の顔が明るくなる。
「ああ成る程・・・」
彼は再び口笛を吹きながら表へ出て行った、我々のパスポートを持って。
3人だけになるとウクライナが近寄ってきた、「何だそりゃ?」
自分は黙って写真を見せる、彼らも成る程という顔をして腰をおろした。
15分程して別の兵が入ってきた、顔付は初老っぽい。
自分のパスポートを見ていきなり挨拶をされた、「オオー、ハジメマシテ。」
彼の口から出てきたのは想像もしていなかった日本語だった。
思わず立ち上がり典型的な日本人の挨拶―お辞儀で返してしまう、「ハジメマシテ。」
彼はニヤっと笑う、「ついて来い。」
要塞跡に入る、思っていたより狭い、弾薬庫位の大きさしかない。
正面には昔の倉庫跡を利用した庭園が広がり、後ろに隊舎が並んでいる。
右後ろの建物に入り一番上まで登る、そこでまた待合室で待たされた。
事務所では先に来た人が調べられているのが察せられた、次は自分の番。
「日本人、来い。」
部屋には3つの机、3人のカポラルシェフ(CCH・先任伍長)、そして志願者である我々。
自分にはネパール人のカポラルシェフがついた、まずバックの中身を全部出し、妙な物がないかチェックを受ける。
身分証や貴重品の類は全部没収、現金も250フラン残して彼の手の封筒に消えていった。
名前、国籍は基より友人関係やら結婚しているのか、何が得意か等をしつこく聞かれ、視力検査を受けた。
紙を渡され友人の名前を書けと言われた、適当に思い浮かべた名前を挙げて渡すと彼は何やら考え込みながらアルファベットを 組み合わせ始めた。
「よし、お前の名前は’NASHIHITO Yoshihiro(ナシヒト ヨシヒロ)’だ。」
外人部隊の伝統の一つ、’アノニマ(匿名)’であった、ここでは自分の経歴は国籍の類を除きすべてが偽名となる。
父・母親も作られた名前となり、ここに新しい日本人’NASHIHITO’が誕生したのである。
ここでもまた少々驚いた、「アナタノナマエハ?!」
先の兵と同じく日本語である、ここでは日本人はそんなに有名なのか?
「ワタシノナマエハ、ナシヒトヨシヒロデス!。」
咄嗟に答え彼もまたニヤっと笑う、最初の関門は突破した。







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