2〜6


マルセイユから帰ってきて営門を通る時、一人の志願者を見た。
丸刈りのアジア人・・・とはいえどう見ても日本人である。
当日は会えなかったが、翌日の夕食時、自分が配食をしてると彼がいた。
「シノワ?」「・あ、ジャポネ」「ああ、日本人」「・・はい」

翌日、あたりきな清掃を終え、午後の時間に入ってから彼がやって来た。
名前はキノシタ、聞くと自衛隊上がりだそうだ。
性格は穏便、フランスに着いてから此処に来る際、駐車場の隅で寝たりしたそうだ。
昨日も目にしたが、直にここ、本部・オバーニュに来ている、たいした肝だ。
「なんか・・・皆急いでますよね」「うん、ここはそんなもんだから。」

サトシがベレーを被って去って行った。
彼は仲のよかった志願者、ダニーと別れを告げていた、「次は君だよね」「幸運を」
ダニーとはサトシを知ってから自分もよく喋っていた、たしかコロンビア出身だ。
自分と同じくらいの体格、つたない英語でもこちらの言葉を聞いてくれていた。
歳は31、国には女房、子供もいたらしい(記憶が曖昧なんで)。
本人はい色々な事に関心、興味、理解があり、自分が判らない単語も「ああ、わかってる」と姿勢を返してくれていた。
が、次の金曜の午後にはいなかった。
ここではよくある事だ。


週末。
朝の点呼が終われば掃除をして後は裏庭で・・・なんて思ってたらしっかりと作業にあたった。
かったるい目をこすってルノーのバンに乗る、オバーニュから東へかなり進んだ。
駐屯地前の高速と違い、山岳部の中腹を真っ直ぐ、そして緩やかなカーブで進んで行く。
やがて盆地の畑へ、それて山の傾斜沿いの小さな街道を進む。
目の前にブドウ畑が広がった、そして保養所のように横に長いメゾン。

”インバリッド(老兵院)”だ。

外人部隊には、帰る国もない者が最後まで兵士を勤め上げた時の為、保養施設があるのは聞いていた。
諸業務でいる兵以外は皆老人、見ていてものどかな環境、のどかな風景。
典型的なフランスの田舎だ。
早速朝食後の食堂の清掃をやる、気分をよくした係の老兵はバーでコーヒーをご馳走してくれ、さらには1連隊のマーク入りのライター まで買ってくれた。
彼は周りと同じように己のいた部隊のシャツを着ている、「原隊ですか?」
「そう、ここにいた」シャツの胸を指差し答える。
「俺だけじゃない、ここの皆そうだ、”レジョネア”だよ。」

掃除が終わるとやる事がなくなり、食堂前のロビーでテレビを見ていた。
たまたま隣の老兵に火を貸すと、お礼にタバコをくれた、有難く味わいながら表に出て畑と山の風景を楽しむ。
ここでは昼食は我々は老兵と一緒に過ごした、皆もう猛者が抜けた良き老人たち、言葉は解らずとも我々を可愛がってくれた。


2週目が過ぎようとしていた、キノシタは航空券の期限が切れるのでCPLを通してASH.Sに航空会社に連絡を取ってもらっていた。
自分もとうに同じ様にチケットが切れた身だが、知ったことかとほったらかしにしていた。
どうせ安チケット、ファイナル・コールで来なければほったらかしなのは知っていた。

火曜(だったと思う)、一番古参の志願者が選抜グループに纏められた。
大まかな篩いは終わり、あとは我々はおろか、選抜に関わるスー・オフィシルにも分からない選考委員会の結果を待つのみ。
先にベレーを被ったポロネイのラジコフスキーは「一緒に来れるといいな」と言ってくれた。
ポーランドの大学を中退してきた、”ツナミ流”なる空手の有段者。何より武士道を重んじており、その姿勢に自分はずっと押されっぱなしだった。


金曜日、ある意味運命の日だ。
3週間近く残されたメンバーは当初の3分の1程になっていた、この中からも何人かは落とされる。
全員が一旦隊舎のホールに呼ばれ、1人1人名前を呼ばれていく。
自分の名前はない、こりゃ帰国か・・・と喜びようにも悲しみようにもない気持ちでいると・・・
「ナシヒト」
・・・呼ばれた、一番最後に。
一緒に残っていたウォンは呼ばれなかった、「ええ?」って顔をしたまま部屋を出て行く我々を見ていただけだった。

呼ばれた志願者は普段使っていないホールに集められた、全員が綺麗に整列させられる。
大体解っていた、”最後の選択”だ。
CSHが言う、「いいか、よく聞け。お前等は入隊する権利を得た。もし入ったらシャバの世界とはオサラバ、厳しい世界が待っている。」
・・・自分に関わらず、兵隊経験のある者ならば”お約束”な台詞だ。
「いいか、よく考えろ。”レジョネア”か”シビル”だ。15分やる。」
・・・カステルに行ってしまったサトシの言葉が頭をよぎる、”みんな「ウィ」って言うから勢いで言っちゃったんだ”。
かなり悩んだ、もうここまで来れれば満足だったし、何より今自分がここにいるのは本来の本意じゃない・・・
くそう、これが3月の時点で出来れば答えは言うまでも無く「Oni,Mon Legionnrere(ハイ、我が外人部隊よ)!」なのだが。
15分などあっという間だ、ガチャっと開いた扉にはCSHとADJが一緒だった。
CSHが皆に確認をとる、「考えたか?決まったら入隊ならOni,Mon Legionnrere、やめるならNon,Legionnrereだ。」
ADJは暫く皆を見渡した後、いきなり端から指を刺して周ってきた。
皆間伐無く答える、「Oni,Mon Legionnrere!」
皆同じ台詞が続く、「Oni,Mon Legionnrere!」「Oni,Mon Legionnrere!」・・・
もはや自分には考える暇は無かった、ADJを前にはっきりと、「Oni,Mon Legionnrere!」


・・・言ってしまった・・・。


半ば呆然となりながらどうしようと考えている、まあ「Oui」と言ってしまった手前どうにもならないが。
すると最後に指された奴は「Non,Legionnrere」だった。
有無を言わずADJは彼を連れ出す、その先は解らない。


残った我々・・・正確には入隊した我々は1階のルージュの部屋に移った。
2階の志願者の部屋と違い、ここは大部屋だがベッドは1段、広く感じる。
ミュゼットを置くと倉庫へ向かい、戦闘服や制服のサイズ合わせ、一通り終わると今までのTシャツ、短パンとはオサラバして 戦闘服に着替える。
皆入隊が認められた事でキャッキャしているが、その傍らで自分は「ふう〜」な気分だった。

衣替えが終わると隊舎で必要な小物が渡される、新しいTシャツ、靴手入れ具、ノート、洗面用具・・・ようやく’文明’にあ りつけた気分だ。

選抜が終われば志願者の面倒を見る側になる、まだ黒のTシャツの連中をせかし、夕方には牧場のカウボーイの如く隊舎に流し 込んで清掃、入浴、点呼に立会い、終われば後は自由だ。
久々にゆっくりとシャワーを味わい、床についた。


明日だの何だの、考える気力も何もなかった。



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