2〜3
じっくりと眺めたいところだが、今は所詮掃除中の志願兵、その威厳をしっかりと目に焼き付けて前を離れる。
とっとと掃き終わり髭面のCCHと壁のペンキ塗り、階段下の空間の整理・・・
なんてやってるといきなりCOL(大佐)がやってきた、側に置いておいた自分の辞書を見るなり、表に投げるフリをする。
流石にびっくりしたが、COLはすぐに姿勢を直すと辞書をパラパラとめくり始めた。
「日本人?」「はい」「”ミシマ”を知ってるか?」「?」
”ミシマ”・・・?フランス語の中でこれは聞き取れたが、”ミシマ”・・・?
「英語は話せる?」「少しなら」「”ジェネラル ミシマ”だよ」
・・・ああ、三島幸雄!
「”ユキオ ミシマ”、市ヶ谷駐屯地で死んだ人ですね」「そう」
・・・まあカミカゼやらサムライやら言われ続けた中で、ようやくマトモな日本の感性の持ち主に会えたようだ。
単純な作業なのでそのまま昼食へ、午後はKPに廻された。
ここの食堂は2階建てになっており、上は主にCPL、1CL(Legionnere 1er Class・1等兵)、LEG(レジョネア・外人兵、2等兵にあたる)、志願兵が
入る。
下の階はバーになっており、昼食にはCCHが、夜には兵が酒を楽しんだり地元の人を呼んでのパーティーに使われている。
上の食器洗いが終わると下の片付け、床拭き。
流石に2フロア分の作業は手間が掛かる、夕食が終わるまで休みは無しだった。
作業、食事、ではそれ以外は?
裏庭でくたべる、以上。
・・・ホントにそれ位しかやる事がない。
色々な人種が居ながら不思議と喧嘩やいがみ合いの類は起こらなかった、自分は大体の人種と顔を会わし、挨拶をし、未熟な英語とジェスチャーでコミニケーションを
とっていた。
元々、皆国を出てこんな辺鄙な所へ集ってきた輩なので、誰彼も何か通じるものがあったのかもしれない。
主に中国人とのグループにいたが、時にはスラブや他の人種との交流を楽しんだ。
ノジャンで会ったオトというドイツ人は、国で家電工場で働いていたが、結婚している上、家の環境が普通より少し上の生活だった為、給料が間に合わず、
なかば逃げるようにここに来た。
ノジャンでは自分に”ZEN(膳)”を教えてくれと言ってきて、「とにかく心をクリーンにする事、そうすれば自ずと何かが見えてくる」と説明し、とても
興味深そうに歓心していた。
彼とは1週間ほどでオサラバしてしまったが、おそらくは今でも1日1回、数分間の”ZEN”を行い、何かを見出しているだろう。
今になって気付いてみれば、その頃で仲の良かった奴等は、ほとんどが入隊していた。
ノジャンで会ったラジホスキー、長髪のスラマ、年長のモロッコ人のタジー・・・
大体記憶にある存在自体も、カステルに行ってからも仲が良かった。
忘れることのない出会い、EXNEL(エクスネル)。
食堂で掃除を終え、シノワの若いCPL(アジア人を大変可愛がっていた)の指示で「よし、休憩!ココアでも飲むか?」
エクスネルは真っ先に自分に「何て言ったんだ?」と聞いてきた。
「ようは休憩、”コーヒーでも飲むか?”って」
「OK!」
最初の段階で、彼が好青年であることは解かった。
顔立も若く、その表情は好奇心で溢れている。
次の作業が終わった時も、彼は自分に尋ねてきた。
「今度は何て?」
「多分だけど・・・」「ここに居ろ?」「Yes!」
2人してジュースのディスペンサーへ向かい、コーラやファンタを注ぐ。
乾燥している為に冷えたジュースは大変有り難い。
飲もうとすると彼が腕をまわして来た、互いのグラスを持った右腕を、ガッツを組むように交差させて器を口に運ぶ。
向こう流の”乾杯”である。
別に希望した訳でもなく、無論強制もない。
自分とエクスネルは、まるで旧知の親友のように、自然にその場で杯(中身はジュースだが)を酌み交わした。
エクスネルとの出会い、全てはここから始まった。
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